風を切る
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大晦日になった。今年は生き方の流れが確かに変わるという”事件”が起きた。
「明日はわが身」
今更ながらにこの言葉の真実味を痛感した。
でも、もちろん歩き続けていく。
たとえ行き先に見えない落とし穴があろうと流星が降ってこようと。。。
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先週奈良に旅したときのこと。一夜明けて人通りの少ない(月曜日のため)通りを歩いていると腕章をした若いお兄さんがすれ違いざまに「おはようございます」と声をかけてきた。人違いかな?と思いつつ通り過ぎるとあちらこちらに同じような格好をした男が数名。
東大寺の大仏殿を拝観したあと、近鉄奈良駅に向う道でなにやら沿道にひとだかりができ警官が拡声器で説明をしている様子。ふらりと近づいてみるとどうやら誰か要人がくるので道に4列に並んでくださいとか前の人は中腰になってくださいとかそういう話をしている。
若い私服警官らしきお兄ちゃんに誰が来るのか聞いてみると「皇太子さまです」という。なるほどそういうことか。沿道に人垣といってもずっと続いているわけではなく、20~30人くらいの集団が十数メートル隔てて固まっているという風情である。
で、僕のグループ(?)はというと女子中学生やら観光客やら地元の人やらとけっこう賑わっている。しかも警察官と和やかな雰囲気でお話している人も多い。
「すみませんが、これから約15分くらい、ここから移動しないでください」とか「カメラで撮影はご遠慮ください」などとマエセツが続く。まもなく先導するパトカーが皇宮警察の白バイ隊とともにやってきた。フロントガラスに「3」と数字が書かれた紙が貼られている。これがあと「3分したら皇太子の車が来る」という意味なのだそうだ。その説明を聞いた庶民から、笑い声が上がる。
まもなくしてもう一台。今度は「1」という数字が見える。いよいよだ。
と、そのパトカーの運転手は、にこやかに沿道にむかって頷きながら手を振る(要は皇室関係者の真似をして沿道を和ませている趣向らしい)。これが大うけ。「やっぱり慣れてはるワ~」とオバチャンたちが大笑い。
そしてそれらしき車が来た、かと思ったらSPの車らしくしきりに後ろを指差して通り過ぎていく。
と、ついに皇太子の乗った車がやってきて集団の前でスピードを落とす。
後部座席の開いた窓から笑顔で手を振る皇太子(いまだにヒロノミヤといってしまう)がよく見えた。TVで見るよりふっくらしている。こんな間近でみられて本当にラッキーだった。
通り過ぎてから5分たらずで「軟禁解除」となり、庶民は三々五々散っていったのだった。
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アナログ放送終了と賑やかなれど感慨というものが無い。それよりも今月からアナログカウントダウンがうざったくてしかたがなかった。やるなら徹底的にCM流すときでもやれ!とかいいたいことはいっぱいあるのだがテレビを買う気になれば買えるだろうしUHFアンテナもあって視聴には困らない身(というかわが家は自分の部屋だけアナログ)はぜいたくな文句なんだろう。世の中には見たくとも見られない人がまだ少なくないと聞く。
一方でこの際テレビのない生活にするには絶好のチャンスなのだととらえている。見たい番組といえばニュースかスポーツ番組の生放送(その意味ではバレーボールは生観戦!)くらいのもの。帰宅が遅いのでニュースもおわっていてどの局もおなじようなつまらないお笑い番組ばかりだから全てに決別しても痛くも痒くもない。
今年はいろいろなことが起きたものだ。いやちょうど一年の後半がスタートしたところ。むしろ気をつけなければならないのはこれからなのかもしれない。
なでしこのニュースが一服の涼で終わらぬようになにごとも”あきらめず”、”くらいついて”いきたいものだ。
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出会いは、縁は、よく不思議なものというが、ほんとうだ。数え切れない過去からそれにも増して数え切れない未来へ時が流れている、そのほんの微粒子のような時間を共有している、いま。そう、たいせつなのはいまこのとき。知り合ったのもなにかの縁として、今宵は楽しいひとときを。
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昼下がりの漁港の防波堤。漁船のエンジン音、釣り人たちや行楽客のざわめき、ヘリコプターのエンジン音、そして波の音と潮の匂い。ひさしぶりにのんびりする。いま、いまがすぎていくことを実感するひととき。小さな港内をみわたしながら明治時代の地方港に小型の木造旅客船が入港してくる姿を想像してみる。夢は雲の数ほどに果てしない。
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3月11日午後、はんぱじゃない長い揺れだった。東京・日本橋のビルにいたのだがパソコンが机から落ちる、ロッカーは倒れるなど近年にない強く長い長い揺れで、一瞬、このまま終わりかな?という思いが脳裏を横切った。その日はそのまま仕事は打ち切り、東京駅まで歩く間、空を見上げると雲間からにぶい陽光が差してきた。みな三々五々ビルから出てくる。やがて八重洲地下街へ。大津波警報が相模湾にも出ているというではないか。地元はどうなのか。しかし携帯電話が通じない。そこで早めに自宅と連絡を取ろうと公衆電話の列に並んだ。小一時間ほど待って自宅に繋がりほっとした。その日は東京駅の地下で一夜を明かした。人は多く、帰宅難民とはこんなものかと思った。翌朝8時頃にようやく東海道線は運行を開始、車内はものすごい混雑。帰宅したのは11時ころになった。大津波だという。その時点で死者2000人くらいといわれていたが、これは桁違いの惨事になるのではないかとだれもが感じたことだろう。

計画停電、節約、自粛、品薄、公共CM放送など、急になにか曲がり角にきたように思えてならない。三陸の海岸線は大学生のときに北海道からサイクリングでくだってきた懐かしい場所だ。気仙沼、石巻、大船渡などの地名を聞くたびに思い出す。野田ユースホステルはすでに廃止になったとネットでみたが陸前高田YHなどお世話になったとろころはどうなったのだろう。思い巡らすと数々の場面が走馬灯のように浮かんでは消える。関東にいる自分には実のところその被害の大きさがまだじゅうぶんにわかっていないのだろう、きっと。
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このブログの検索ランキングで上位を占めているのが、「ヌード壁紙」(苦笑)と「アニセー・アルビナ」である。ヌード壁紙はともかく、アニセーは人気があるんだろうか?もっともあったとこで検索してる年代が想像できるのだが。ここに彼女を描いた水彩画がある(1977年8月20日制作)。おそらくスクリーン誌のグラビアをもとにしたものだろうけど、きょう部屋の片づけをしていて大学時代の資料のなかから発見した。
もうひとつヴィッキーの絵は色鉛筆で描いたもの。これはLPの写真で、背景にならぶ文字は「この胸のときめきを」の歌詞である。しかしこの曲はこのアルバム My song for you には入っていない。片付けでいろいろなものがでてきた。今回はかなり強い意志で、捨てるかどうか即決して次から次へと整理をした。それはいっぽうで想い出を引き裂く作業でもあった。1年間見向きもしないものを整理する、というのは手段のひとつではあるが、中身をみてしまうとなかなか捨てきれない。断腸の思いというのは大げさかもしれないが、そんな思いを乗り越えてひとつ、ふたつと処分を続けた。また来週にでもこの作業をつづけなければならないのだった。
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日曜日の22時、この時間、radikoで長澤まさみの声を聞くとほっとする。とくに彼女の熱烈なファンというわけではないが、ラジオから流れてくる声が生理的にとても心地よいのだ。
さて、このところ土日が仕事でつぶれ先週、正月の2日以降初めて土曜日が休みとなった。忙しいという字は心を亡くすと書く、とはよくいったもので周囲のことなど気にかけるいとまもなく仕事に追われた。そんな日々が続いたせいか土日に休み、のんびりした時の流れに錨をおろしたくなる。
日曜日、ほぼ半日を費やして購入後ほとんど手をつけなかったnetbookの設定をやった。なかでも苦労したのがAdobeのPhotoShop Erementsのバンドル版のインストールだった。悪さをしていたのがMS IME2010。これを昔のIMEモードに戻す裏技?をネットで仕入れてようやく使えるようになった。ひさしぶりのインスト格闘タイムだったがそれはそれで楽しくもあった。なにより人間には気分転換が必要だ。とくに忙しい日々が続くと、ほんとうに心を亡くすから。
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